そもそも宗教って何? ちょっとティーブレイク。

「宗教」とは

〜Tea room 喫茶去〜

 

初回の話題は、「宗教」と言う言葉についてです。

 

ご存知の方も多いかもしれませんが、「宗教」という言葉は、明治時代に入ってからの造語なんですね。
明治期に入り、英語の「religion」という言葉に該当する日本語が見当たらず、色々議論がされて、結局翻訳語として「宗教」という日本語を作ったんです。

 

では、英語の「religion」は本来どういう意味かというと、ラテン語の「religio」から来ておりまして、第1説は、「神と人間との結合」「厳粛な儀式」という人間の生活態度が結合した言葉であると言うもの、第2説は、第1説以前の年代には、「再び観察すること」という意味だったと言うものです。

 

個人的には、第1説も第2説も、感覚的に頷けます。

 

というのは第1説においては、天や自然への畏怖・神聖なものに対する直感・ヌミノース(≒聖なるものの直接的な経験)という「神と人間との結合」の土台の上に「厳粛な儀式」があること、第2説は、何かを切っ掛けに、改めて自分や、自分の身の回りの自然や宇宙を観察することで、真理やダルマ(法)を理解し始める点が、仏教の教えに近いと思うからです。

 

そしてもう一つ大事な点は、やはり時代背景はあった訳でして、仏教用語の中には、「宗」「教」という言葉が、独立してあったんですね。

 

つまり、仏教の経典の解釈方法として、「名(経典の名称)」・「体(経典の構成内容)」・「宗(教説の真髄)」・「用(経典の効用)」・「教(教説の指示)」の5項目に分類・要約していたんです。

 

ですから、ここから「宗教」という言葉を造語したとすると、当時の意味は、「教えによって指示される教説の真髄」といった感じになりますね。
作られた当時はなかなか薀蓄のある言葉で、語源も現代日本におけるニュアンスとはかなり違う、という事なんです。

 

今回は、ここ迄で終わります。 合掌 一舟

 

 


「愛」とは

〜Tea room 喫茶去〜

 

2回目の話題は、「愛」と言う言葉についてです。

 

今、「愛」と言う言葉は、巷に溢れていますね。
「愛が全てさ」(古っ)等、恋愛に伴う色々な感情が、全国津々浦、毎日生み出されていることに戸惑うのは私だけでしょうか。

 

さて、約130年前、明治初期以前の日本に「愛」という概念は乏しく、「愛着」「愛執」「渇愛」という言葉に見られるように、「愛」という字は、どちらかというと否定的な意味でした。

 

また、古語においては「かなし」という言葉に「愛」の文字を当て、「愛し(かなし)」と書いて、「相手をいとおしい、かわいい、守りたい」と思う気持ちを意味しました。

 

この「愛」という言葉が変質してくるのは、近代化と共に本格的に入ってきたキリスト教の影響です。
この時、キリスト教が伝えようとした「愛」の概念は、アガペー(=真の愛・人類愛)やフィーリア(=隣人愛)でした。

 

ですから、キリスト教の宣教師達は、最初「大切」「思い」「懇切」と言った日本語を使っていましたし、「神は愛である!」と街頭で叫んだ宣教師は、爆笑されたそうです。

 

現代は、ここに「性愛(=エロス)」や「愛執」の意味が混入され、むしろそちらが前面に出ている様な気がします。

 

さて、キリスト教が「愛の宗教」であるのに対し、仏教は「慈悲の宗教」と称せられることがありますが、次に仏教における「愛」を見て行きましょう。

 

仏教において「愛」に相当する概念は、 サンスクリット語ではtRSNaa、kaama、preman、snehaの4種です。発音はローマ字読みで大丈夫です。

 

それぞれの意味は次の通りです。

 

@ tRSNaa
人間の最も根源的な欲望。原義は「渇き」。人が喉が渇いている時に、水を飲まないではすまない衝動のこと。こうした根源的な衝動が人間存在の奥底に潜在しており、これを「愛」とか「渇愛」と訳した。煩悩。

 

A kaama
「性愛」「性的本能の衝動」「相擁して離れがたく思う男女の愛」「愛欲」の意味に用いられる。これを「婬」と表現することもある。

 

BC preman, sneha(=慈悲)
他人に対する、隔てのない愛情のこと。子に対する親の愛が純粋であるように、一切の生きとし生けるものに対して、そのような愛情を持つこと。
仏教で示される最上の心の働き。

 

また、原始仏典スッタニパータには、次の様に書かれています。

 

「あたかも、母が己が独り子を命を懸けて護るように、そのように一切の生きとし生けるものどもに対しても、無量の慈しみのこころを起こすべし。」

 

「また全世界に対して無量の慈しみのこころを起こすべし。上に、下に、また横に、障害なく怨みなく敵意なき慈しみを行うべし。」

 

「立ちつつも、歩みつつも、坐しつつも、臥しつつも、眠らないでいる限りは、この慈しみの心づかいをしっかりとたもて。この世では、この状態を崇高な境地と呼ぶ。」

 

以上より、イエス・キリストが言わんとした「(agape=真の愛・人類愛)」や「philia(=隣人愛)」と、釈尊が示した「preman, sneha(=慈悲)」が、実は同じものだと分かりますね。

 

また、言葉と言うものが、どれほど厄介で、限界的なものかと感じます。

 

さて、「欲愛」や「愛執」を「愛」だと勘違いすると大変なことになります。

 

つまり、この場合、対象を愛しているかのように思っていて、実は本当に愛しているのは自分です。従って、愛する者が自分の願望と違ったことをすると、すぐに相手を憎み恨む感情が生じます。

 

自分で自分の心を見分けるのは難しいですが、本当の「愛」とは、「執着的な愛情ではなく、慈しみであり、相手の権利を守った愛情」と言えそうです。

 

決して「自分にとって都合の良い愛」「独りよがりの愛」ではありませんね。

 

最後に、ご参考として、私のお寺で取り入れている瞑想法「慈悲の瞑想」をご紹介して、終わりにしたいと思います。

 

以下、ワンフレーズ毎、3回づつ唱えて下さい。

 

〜慈悲の瞑想〜
・私が幸せでありますように。
・私の大事な人が幸せでありますように。
・生きとし生きるものが幸せでありますように。
・私の嫌いな人が幸せでありますように。
・私を嫌いな人が幸せでありますように。

 

何時、何処ででも出来ます。
続けている内に、不思議と心が楽になって来ます。

 

合掌 一舟

 

 


「数珠(じゅず)」のお話

〜Tea room 喫茶去〜

 

今日は、「数珠(じゅず)」の話をしてみたいと思います。

 

日本人は、お葬式や法事の際に、仏教と接する機会がありますので、何かしら数珠を持ってらっしゃる方が多いのではないでしょうか。

 

「ジュズ」「ズジュ」「ズズ」等と呼ばれ、漢字だと「数珠」「珠数」「誦珠」等と書きます。
京都には、珠数屋町という地名も残っています。

 

さてこの数珠、正式には108の主珠で構成されています。
といっても長いと携帯に不便なので、半分の54や、3分の1の36、4分の1の27、6分の1の18の珠で構成されるものも多いです。

 

少し脇道に入りますが、面白いのは、これらの数は、それぞれ単純に数字を足すと「9」になっているんですね。
この辺りは専門ではないですが、何か意味があるのでしょう。

 

さて、正式な108の主珠で構成される数珠に話を戻しますが、これは、半分の54ずつに分けられているのが一般的です。
ですから、54の珠の間に、2つ大きな珠が配置されていまして、これを母珠とも親珠とも言います。

 

では、この様な数珠とは、一体何なんでしょうか?

 

はい。珠(たま)は魂(たま)を現していまして、この54の数は、修行の段階を現しています。
そして、54×2の意味は、煩悩を浄化して魂を磨いてゆく為に、凡夫の私達が、仏の方へ進む道と、帰る道を現しています。

 

そして法具としての数珠は、珠の一つ一つを爪で繰りながら、例えばお経1回詠む毎に1つづつ珠を繰り、心の中の塵や埃を払って清らかになろうとする為の道具です。

 

原始仏典である阿含経(あごんきょう)に、七仏通戒偈(しちぶつつうかいげ)という短いお経があります。
これは次の様なものです。

 

諸悪莫作(しょあくまくさ) もろもろの悪を作すことなく
衆善奉行(しゅうぜんぶぎょう) もろもろの善を行い
自浄其意(じじょうごい) 自ら其の意(こころ)を浄くする
是諸仏教(ぜしょぶつきょう) 是がもろもろの仏の教えなり

 

このお経の3番目にある、自分で自分の心を磨く為の法具が、数珠なんですね。

 

もっとも原始仏教が伝わっているスリランカや東南アジアには、数珠を持つ習慣がなく、むしろキリスト教のロザリオやイスラム経のタスピは数珠なので、仏教の専売特許という訳でもなさそうです。

 

さて、正式な数珠をもう少し詳しく見ますと、母珠から数えて7つ目と21番目にそれぞれ小さな四天(してん)と呼ばれる珠が配置されています。
左右にそれぞれ有りますから計4つです。

 

これは陀羅尼(だらに)や真言(しんごん)などを唱える時に、回数を数えるのに都合が良い様に配置されています。

 

またちょっと脇道にそれますが、四天と言えば、東西南北の順に、持国天・増長天・広目天・多聞天の四天王がおりまして、その四天王の上に帝釈天がいるという構図になっているのですが、この四天という呼び名は、縁起的に関係があるかも知れません。

 

また元に戻りますが、数珠の形は、宗派によって若干違っています。

 

因みに、例えば浄土宗だと南無阿弥陀仏と唱える回数を数えやすくなっていたり、天台宗だと四六時中ずっとお経を唱える修行の為に、108で構成された数珠の下に、20と10の大きさの異なる弟子珠と呼ばれる珠がぶら下がっていて、108×20×10=21,600回もお経を数えられる構造のものもあります。

 

以上からお分かりの様に、数珠は、それによって願い事するのではなく、心を整える為にあるのであり、それを身に付ける事は、仏様の目をいつも意識して、悪い事をせず、慢心を防ぎ、忍耐強くいられるようにする為の道具だということになります。

 

ですからやはり、自らの良心が何よりも大切なんですね。

 

最近、パワーストーンブームで色々なブレスレット型の数珠をされている方を見かけますが、ご利益期待は、基本的に本末転倒ですから、あまり効果は期待出来ないかも知れません。

 

むしろ「この石、綺麗だな。」といった装飾の気持ちで身に付けられた方が、石との心が通じ合う様な気がします。

 

それでは最後に、昭和の白隠(はくいん)と呼ばれた山本玄峰(やまもとげんぽう)老師の口癖だったという言葉で締めくくりたいと思います。

 

「磨いたら磨いただけの光りあり。根性魂でも何の玉でも」

 

今回は、ここ迄で終わります。合掌 一舟


「三種の神器」に託された真の意味

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「三種の神器に託された真の意味とは」

 

天皇の皇位継承の証となる神宝の「三種の神器」、「剣(つるぎ)」・「玉(たま)」・「鏡(かがみ)」は、それぞれどのような意味を持つ表象物か、皆様ご存知ですか?

 

では早速、「剣(つるぎ)」から見て参りましょう。

 

ツルギの「ツ」は募るのツ、集うのツ、連むのツというように、集中と求心力を表す言葉です。
「ル」は流転のル、縷々のルであり、細く長く続く、流れを意味します。
「ギ」は気(ギ)であり、義(ギ)であり、精神やエネルギー、そして人として行うべき正しい道を表しています。
さらに、ツルギの「ツル」は植物の蔓(ツル)にも通じ、「ギ」は切るに通じます。

 

従いまして、「ツルギ」は、@人が正しい道を生きていく上で、蔓のように絡みつき邪魔するものを切り払う働きであり、Aそれに必要な、天の精神やエネルギーを、自らに流し込むアンテナを表しているのです。

 

また、剣(つるぎ)は刀(かたな)と違い両刃ですから、戦う時に自らにも刃が向きます。
これは、争いは、相手を傷つけるだけでなく、自らも傷つけることを示唆しているのです。
ですから転じて、「和」を説く表象物でもある訳です。

 

人が連む、集うという時、白か黒か、善か悪か、だけを前提にしていては、中々.成り立ちません。
つまり、大勢の人が集まる時は、折り合いをつけるという「和」の思想があってこそ、初めて成り立つのです。
殺傷の武具である「剣(つるぎ)」が神宝なのは、実は、こうした意味をもつ表象物だからなのです。

 

次に「玉(たま)」は、宇宙と、生命の根源を表します。
タマの「タ」は多(タ)であり、多い、たくさん、色々なものを表す言葉です。
また、「マ」は間(マ)であり、時間や空間を意味しています。
ですから、「タマ」は、多種多様なものが存在する空間そのもの、つまり宇宙そのものを表象する言葉なのです。

 

それと共にタマは、霊(タマ)魂(タマ)といった命の根源に通じる言葉です。
これは、人間を初めとする殆どの生命体が、球体(タマ)から発生することを意味します。
人間も、元は一個の受精卵から始まり、植物も種から発生します。

 

様々な形をした物質も、原子まで突きつめると、球体の原子核の周りを、球体の電子が、円軌道を描いて回っています。
ですから「タマ」の形とは、宇宙の法則に則った、最も根源的な形なのです。

 

「タマ」が生命の根源を表しているとすると、その「タマ」を繋ぎあわせ、輪にした曲玉(マガタマ)は、生命の連関を表象化したものと言えます。

 

どんな生命体も、単独で生きることは出来ません。生命は、生命体同士の関係の中で、初めて生かし生かされることが出来ることを表しています。

 

さて、神社で神様に捧げる榊を、「玉串(たまぐし)」と言います。これも実は、二つの玉を貫いた形から生まれているのです。

 

そして、人が神様に捧げる玉串は、自分達の命が、他の命によって生かされていることに感謝する心を表現していたのです。

 

この感謝の心は、そのまま、他の命へ向かう真心(まごころ)となりますね。

 

人が神様に捧げる最高のものは、真心であると言われるのは、こういう理由です。
「玉(タマ)」は、宇宙そのもの、そして大いなる生命の法則を、表象したものだったのです。

 

最後に「鏡(カガミ)」は、自己を映し出す鏡(カガミ)から、「ガ(我)」を取り除けば、「カミ(神)」となることを表しています。

 

つまり、鏡に映った自分の姿から我欲を取り去ることが出来れば、神なるものを内在した真の自己に出会えることを意味しているのです。

 

天皇が行っている自霊拝(じれいはい)というのは、こうした意味の元、自分の霊格をめる行法なのです。

 

また、「カガミ」は、冷静に物事を比べて考える「鑑みる」や、反省を意味する「顧みる」にも通じ、自己を客観視することも意味します。

 

己の心から我を取り去るということは、自分の執着心を捨てるということです。
執着心は、心の曇りとなり、自らを客観的に見ることを妨げます。
それは鏡が曇ると、自己の姿をはっきりと映し出すことが出来なくなるのと全く同じことです。

 

さらに、鏡は、光を反射する特性を持っています。
太陽に象徴される神様・天皇の恩恵は、光の様に万民に降り注ぎますが、それを受けるだけではなく、自分が受けた光は、更に反射させ、周囲を照らすことが大切だということを表しているのです。

 

これは、「玉」に込められた感謝の心に繋がります。
鏡は、自分の執着心に囚われることなく、常に自己を客観視するための反省の大切さと、自分が受けた恩を、周囲に還元して行く人の道を表しているのです。

 

さて、日本人は元々、潜象世界を大切にする民族です。
それは、奥ゆかしさを愛し、むやみに言挙げせぬことを美徳としてきたことからも分かります。

 

物事を言葉で表現する行為は、物事を特定し、限定する行為でもあります。
限定は、解釈の違いを生み、それは争いの元となります。
ですから、古代の人達は、言葉ではなく、表象物に意味を託したのです。

 

本当の大和魂とは、悪だからといって切り捨てるものではなく、悪をも包み込む大きな調和の心です。

 

古代の価値観は、勝つことではなく、全てを一旦受け入れ、円く治めることを良しとしたのです。

 

以上が、「三種の神器」という神宝が、我が国で制定された理由です。

 

如何ですか?
三種の神器は、神道の領域かも知れませんが、その内容は、日本仏教と殆ど同じです。

 

私は、当然だと感じます。
つまり皇道とは、神仏道であり、日本人は素直に、神仏を一体と感じて来たと思うからです。

 

お盆が明けましたね。
今回は、ここ迄で終わります。合掌 一舟


我が国と仏教 〜「歴代天皇と仏教」「武士と仏教」「日本語と仏教」について〜

Tea room 喫茶呼

 

 〜我が国と仏教〜

 

ご存知の通り、我が国では、神仏が習合して、1,500年以上の歳月が経過しています。

 

飛鳥時代、聖徳太子の建立した世界遺産第1号の法隆寺五重塔は、一度も倒れることなく既に1500年以上が経過していますし、「和をもって貴しと為す。」で始まる我が国最初の憲法である17条憲法の第2条に「深く三宝(仏法僧)を敬え。」とあるのは有名です。

 

しかし、我が国への仏教伝来は、いわば国策でしたので、トップダウンだけで社長の意向が隅々まで伝わりにくいのと同様に、それが日本の風土から芽吹くまでには相当な時間が掛かりました。

 

では、どの位掛かったのでしょうか?
はい。日本における仏教の芽吹きは、鎌倉時代を待たなければなりませんでした。実に600年も要したのです。
もちろん、この頃の社会変動とは、無縁でありません。時代は、武士の時代に入ったのです。

 

それまでの仏教は、どちらかと言うと貴族の学問や観念としての仏教でしたが、鎌倉時代に入ると「浄土思想(所謂、念仏系)」と「禅」として、日本仏教は大きく花開きます。

 

逆に言うと、それ以外の仏教は、種は播かれたのですが、あまり育たなかったのです。
故.鈴木大拙博士は、「日本的霊性が、最も良く発動し得たのは、浄土思想と禅だった。」と言われています。

 

さて、前置きはこれ位にして、日頃あまり意識されていないかも知れませんが、今回は、神国である日本が、即仏国土であることを、以下の事例で実感して頂ければ幸いです。

 

1.歴代天皇と仏教

 

(1)法皇とは、出家した太上法皇(だじょうほうおう)の略。天皇出家の事例は、時期を確定できない聖武天皇と、臨終に際し急遽出家した天皇の例を除き、全て譲位後の出家で、奈良時代の孝謙上皇から江戸時代の霊元上皇に至るまで、35例を数える。

 

(2)門跡(もんぜき)とは、886年、宇多天皇が出家して仁和寺に入室したのが始まり。鎌倉時代から、皇族や摂家等の子弟が、特定の寺院に出家するようになる。門跡寺院とは、そうした家系の方々が、歴代住職を務める特定寺院で、全国に30以上ある。

 

(3)仁和寺(にんなじ)。京都御室にある旧門跡寺院。光孝天皇の勅願で建立され始め、開基は宇多天皇。宇多天皇が出家後に住したことから、「御室御所(おむろごしょ)」と言われていた。

 

(4)大覚寺(だいかくじ)。京都嵯峨野にある旧門跡寺院。876年、皇女の正子内親王(淳和天皇皇后)が、嵯峨天皇の離宮を寺に改めた。鎌倉時代に、亀山法皇や後宇多法皇が入寺し、院政を行ったため「嵯峨御所(さがごしょ)」と呼ばれた。

 

(5)常照皇寺(じょうしょうこうじ)京都北郊に所在する皇室ゆかりの寺。開山は、北朝初代天皇である光厳上皇。光厳上皇は、1352年に出家し、禅宗に帰依した。同寺には光厳天皇陵・後花園天皇陵・後土御門天皇の分骨所がある。

 

(6)泉湧寺(せんにゅうじ)。鎌倉時代の後堀河天皇、四条天皇、江戸時代の後水尾天皇以下幕末に至る歴代天皇の陵墓がある皇室の菩提寺。「御寺(みてら)泉涌寺」と呼ばれている。

 

(7)比叡山延暦寺における最重要の法要は、天皇の御衣を祈祷する「御衣加持御修法」。また、千日回峰行を終えた大阿闍梨は、京都御所に土足参内し玉体加持を行う儀式が、今なお残る。

 

 

2.武士と仏教

 

以下、仏教の影響を強く受けた武将達。

 

(1)平清盛:一門の繁栄を願って、厳島神社に平家納経(国宝)を奉納した。

 

(2)楠正成:辞世の句、「七度び人間と生まれて朝敵を滅ぼさむ。」は、仏教思想。

 

(3)武田信玄:1559年出家、院号を法性院、道号を機山、諱を信玄、別号を徳栄軒。

 

(4)上杉謙信:春日山の毘沙門天信仰は、有名。座右の銘「第一義」は、禅語。

 

(5)徳川家康:晩年、「南無阿弥陀仏」や「般若心経」の写経を日課にしていた。

 

 

3.日本語と仏教  

 

(1)仏教由来の言葉

 

以下、50音順。

 

愛嬌、挨拶、阿吽、安心、意識、一蓮托生、有頂天、縁、大袈裟、億劫、開発、覚悟、我慢、瓦、機嫌、工夫、愚痴、決定、玄関、根性、金輪際、四苦八苦、邪魔、出世、精進、食堂、自由、世間、刹那、殺生、大丈夫、退屈、醍醐味、達者、旦那、智慧、畜生、道楽、どっこいしょ、人間、悲願、不思議、普請、不断、微塵、法律、無我、迷惑、勿体ない、融通、用心、利益、律儀、流通。

 

(2)いろは歌

 

いろは歌は、涅槃経にある無常偈「諸行無常、是生滅法、生滅滅已、寂滅為楽」を、
情緒的に意訳したものと言われている。

 

いろはにほへと(色はにほへど) ちりぬるを(散りぬるを)
わかよたれそ(我が世たれぞ) つねならむ(常ならむ)
うゐのおくやま(有為の奥山) けふこえて(今日越えて)
あさきゆめみし(浅き夢見じ) ゑひもせす(酔ひもせず)

 

 

如何ですか?
私たちの祖先は、まぎれもなく、神国日本を、仏国土として生きて来たことを実感しませんか。
神様と仏様は、コインの裏と表なんです。

 

今回は、ここ迄で終わります。 合掌 一舟