さあ、「無」の門が通れるか!

無門関アカデミー  MUMONKAN Academy

<% 禅,坐禅,禅とマネー  %>

「直心是道場 日々是好日」

 

日本文化の真髄である禅に興味はあっても、社会人が禅を学ぶ機会は限定されます。

 

しかし、今・あなたが・そこにいる場所を道場と思えば、そこは道場です。

 

来堂された経験のある方は、本アカデミーの会員です。

 

やる気のある方は、自分のペースで、一則づつチャレンジしてみて下さい。

 

以下に、無門関の第5則までを掲示します。

 

テキストは、岩波文庫の「無門関(西村恵信訳注)」を使用します。(アマゾンのページ

 

また、秋月龍a(あきづきりょうみん)の「無門関を読む」も、補助テキストとして良書だと思います。

 

坐禅するとき、公案集「無門関」を手掛かりに坐ってみるのも良いでしょう。   合掌 一舟

 

なお、小職は、師の金毛窟老師に参禅して、H.27年4月に、「無門関」四十八則の全てを通過しております。

 

 

Even if interested in the Zen which is the essence of Japanese culture, the opportunity for a member of society to study Zen is limited.

 

however, now and you - that will be an exercise hall if the place which is there is regarded as an exercise hall.

 

If you have been experience in this Zen stady hall, get the membership of this Academy.

 

In their favorite pace, try one by one challenge.

 

And, to understand, when you want to see it, please also came here again.

 

If, you are passing, I will be awarded the celebration.

 

Even the 5th rule of the Mumonkan is put up for below.

 

The Mumonkan is a barrier without the gate for entering in the inner part of the heart.

 

This is used for a text. (Amazon page

 

Now, let's try!                   The chief priest, Issyu

 

Further, I learn Zen for teacher's Kinmoukutsu, and it's passing everything of forty-eight laws of "The Gateless Gate(The Classic Book of Zen Koans)" in April, 2015.


禅宗無門関 無門慧開(むもんえかい)禅師の序文

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仏たちの説く清浄な心こそを要とし、入るべき門の無いのを法門とするのである。
さて、入るべき門がないとすれば、そこをいかにして透過すべきであるか。
「門を通って入ってきたようなものは家の宝とはいえないし、縁によって出来たものは始めと終りがあって、成ったり壊れたりする」というではないか。

 

私がここに集めた仏祖の話にしても、風も無いのに波を起こしたり、綺麗な肌にわざわざざ瘡を抉るようなもの、まして言葉尻に乗って何かを会得しようとすることなど、もってのほかであろう。
棒を振り回して空の月を打とうとしたり、靴の上から痒みを掻くようなことで、どうして真実なるものと交わることができよう。

 

私は紹定元年(一二二八)の安居を、東嘉の竜翔寺で過ごし、学人を指導する立場にあったが、学人たちがそれぞれ悟りの境地について個人的な指導を求めてきたので、思いついて古人の公案を示して法門を敲く瓦とし、それぞれ学人の力量に応じた指導をすることにしたのである。

 

それらの中のいくつかを撰んで記録するうちに、思いがけなくも一つの纏ったものができあがった。
もともと順序だてて並べたわけではないが、全体で四十八則になったので、これを『無門関』と名付けた。

 

もし本気で禅と取り組もうと決意した者ならば、身命を惜しむことなく、ずばりこの門に飛び込んでくることであろう。
その時は三面八臂の那咤のような大力鬼王でさえ彼を遮ることはできまい。

 

インド二十八代の仏祖や中国六代の禅宗祖師でさえ、その勢いにかかっては命乞いをするばかりだ。
しかし、もし少しでもこの門に入ることを躊躇するならば、まるで窓越しに走馬を見るように、瞬きのあいだに真実はすれ違い去ってしまうであろう。

 

頌(うた)って言う、
大道に入る門は無く、
到るところが道なれば、
無門の関を透過して、
あとは天下の一人旅。


第1則 「趨州狗子(じょうしゅうくす)」

【本則】

 

ある僧が趙州和尚に向かって、「犬にも仏性がありますか」と問うた。趙州は「無い」と答えられた。

第2則 「百丈野狐(ひゃくじょうやこ)」

【本則】

 

百丈和尚の説法があると、いつも一人の老人が大衆の後ろで聴聞していた。そして修行僧たちが退場すると、老人もまた出ていくのであった。ところがある日、彼はひとりその場に居残って出ていこうとしない。そこで百丈が、「そこにいるのは誰か」と聞かれた。老人は、「はい、私は人間ではありません。大昔、仏陀もまだこの世に出られない頃、この山に住んでいましたが、ある日弟子の一人が、「仏道修行を完成した人でも、やはり因果の法則に落ちて苦しむものでしょうか」と尋ねるので、「いや、因果の法に落ちることはない」と答えました。するといらい五百生の長い間、私は野狐の身に堕ちてしまい、生まれ変わり死に変りして今日に至りました。どうか私に代って正しい答えとなる一句によってこの野狐の身から脱出させていただきたい」と頼んだ。そして改めて、「仏道修行を完成した人でも、やはり因果の法則に落ちて苦しむものでしょうか」と質問した。すると百丈和尚は、「因果の法を昧(くら)まさない」と答えられた。その途端に老人は大悟し、百丈和尚に礼拝して言った。「私は己に野狐の身を脱することができました。脱け殻となってこの山の後ろにおります。どうか坊さん並みのお葬式を営んでください」百丈和尚は一山を取り締まる維那(いのう)に命じて衆僧を集めさせ、昼食の後に亡くなった僧の葬式を行うと告げた。大衆は「皆こうして元気だし、病気で臥せているものもいないはずだが」と不思議に思いあれこれ噂した。食後になると百丈和尚は大衆を引き連れて裏山の岩窟のところに行き、杖をもって一匹の死んだ野狐を引っ張り出し、直ちに火葬に付した。晩になると百丈和尚は威儀を整えて法堂の檀上に登り、昼間の出来事の一切を語ってきかせた。すると一番弟子の黄檗が質問した。「老人はその昔、答えを誤ったばかりに、五百年もの長い間野狐の身に転落したということですが、もし彼が常に正しい答えを出していたとしたら、いったいその老人は何に成っていたでしょうか」百丈和尚は、「ここへ来るがいい。あの老人のために言ってやろう」と言われた。黄檗は百丈和尚の側へ近寄ると、いきなり師の横っ面をぶん殴った。百丈和尚は手を拍って笑い、「達磨の髭は赤いと思っていたが、なんとここにも赤髭がおったわい」と言われた。

第3則 「倶砥竪指(ぐていじゅし)」

【本則】

 

倶胝和尚は、誰かれとなく挑発的な問答を仕掛けてくると、決まって指を一本立てられた。倶胝の処にいた童子が、ある時外からやってきた客に、「ここの和尚はどのように仏法の肝要を説いておられるか」と尋ねられ、直ちに指を一本立てて見せた。これを聞きつけた倶胝和尚は。刃をもって童子の指を切断してしまった。童子は痛みに堪えず号泣して走って逃げた。すると倶胝和尚は「おい、おい」と童子を呼び止められた。童子が振り向くと、今度は倶胝和尚がすっと自分の指を立てられた。その途端に童子はいっぺんに開悟してしまった。倶胝は臨終を迎えると大衆を集めて「私は天竜和尚の処で一指頭の禅というものを得たが、一生かかってもそれを使いきることが出来なかった」と言って、すぐに息を引き取られた。

第4則 「胡子無髭(こすむしゅ)」

【本則】

 

或庵が言われた、「達磨は一体どういうわけで髭がないのか?」

第5則 「香巌上樹(きょうげんじょうじゅ)」

【本則】

 

香厳和尚が言われた、「人が樹に登るとする。しかも口で枝をくわえ、両手を枝から離し、両脚も枝から外すとしよう。その時、樹の下に人がいて「禅とはいったい何であるか」と問いかけてきたとする。答えなければ問うた人に申し訳がたたない。そうかといって答えようものなら、樹から落ちていっぺんにあの世行だ。さあ、そういう事態に直面した時、いったいどう対応すべきか」