少し日常から離れて、坐禅してみましょう。

ご挨拶

「光を信じて、歩く。」

 

はじめまして。
臨済宗伊豆小室山禅堂の責任者をしております一舟(いっしゅう)と申します。

 

初めにご挨拶方々、小職がこの地に禅堂を開いた経緯をお伝えしたいと思います。

 

私は、三菱UFJ信託銀を23年間勤めたあと、この地に自らの手で禅堂を作ろうと考えたのですが、何故、安定的な処遇と社会的地位を捨てて、この道に進んだかと申しますと、どうしても自らの真心に従いたかったからです。

 

人生どんな道を進んだとしても、七転八倒、山あり谷あり。
ご多分に漏れず、私も、もがき苦しみました。もう駄目かと思ったときもありました。

 

しかし、その苦しみの最中、私は仏教に出合います。
不思議なのですが、今から考えると、仏教の側から寄り添ってくれた気がします。

 

自分の性格もあるのでしょうか、しだいに禅に傾倒してゆき、働きながら坐禅修行を始めました。
そして、いつの頃からか、自分の魂を救ってくれ、人生を歩む道標になってくれた仏教を、自分の生涯の仕事にし修行の道にしたいと、心の底から思うようになったのです。

 

さて坐禅は、静かに自分と向き合う瞑想法の一つですが、けっして神秘的・超人的な体験をするものではありません。
しかし余分なものを削ぎ落としていった時、自分も宇宙の一部であり、繋がっているという、当たり前の安心感が得られる筈です。

 

それは、社会の歯車として、あっちこっち突き飛ばされ、褒められたり貶されたりしてビクビクしている自分とは違うものです。

 

しかし、これが掴めたと言っても、実は何も始まりません。
この坐禅を通じて出会えた一人一人の光を信じ、真剣に人生に立ち向かうことで、ようやくその経験が生きてくるのです。

 

禅は、自分を取り巻くあらゆる事象に対し、人の意見に左右されず、自分の座標軸を養い、真摯に向き合うことを教えてくれます。
人の評価に右往左往させられて生きる人生が、いかに勿体なく、馬鹿げたものかも教えてくれます。

 

喜怒哀楽、それは人間として生まれた以上、極端でなければ健全です。
人生死ぬまで皆、四苦八苦の修行ですし、そうした自分の感情をありのまま直視することで、気づきも豊かさも生まれます。

 

伊豆小室山禅堂は、自分の人生に対して真摯であろうとする方々が、坐禅や仏教を通じて、自分を見つめ研鑽するためのお寺です。
そのようなな時間を過ごすのに適した場所と見定めて、この地に禅堂を開きました。

 

堂長は、元.三菱UFJ信託銀行の経営企画課長をしていましたので、それなりの社会経験も有します。

 

ここ小室山は、関東の海上交通の要として、古くから山全体が御神体となっており、富士山や相模湾が見晴らせる禅堂は、美しい自然に溢れ、静かで水や空気も美味しく、坐禅を組むには最高の環境です。

 

忙しい日常を少し離れ、しばらく坐ってみませんか?

 

心を落ち着かせて、自分を見つめる。雑事をしばらく横に置いて、自分を空っぽにしてみる。
今、それはとても大切なことだと思います。
                                                          合掌 一舟

 

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著作

著書 禅とマネー

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・難しいテーマでしたが、元銀行員として長くお金の研究をしていた経験を生かし、この問題を、お坊さんの視点で分かりやすくお伝えすることに苦心しました。

 

 

*目次など、詳細は「著書&講演会」ページをご参照下さい。


H.24年8月27日(月) 伊豆新聞に掲載された記事

著書 禅とマネー

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伊豆小室山の地に、禅堂を開設して間もない頃、地元の伊豆新聞に掲載された記事です。

 

この時の初心を忘れぬ様、日々努力して行きたいと考えております。